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 敬語は難しいと言われます。敬語が必要だはと感じていても、敬語の実際の使用に際しては困難を感じている人も多いでしょう。実際、巷では間違った敬語表現が氾濫しています。
 先ごろ発表された文化審議会の「敬語の指針(答申)」では、従来の「敬語の3分類」に代えて新たに「敬語の5分類」が提案されました。今月は、この新たに提案された「敬語の5分類」の紹介と解説を中心に、敬語の正しい使い方について特集いたしました。

敬語の使い方
現代における敬語表現の意義〜敬語についての基本的認識〜
敬語の種類とその働き〜新たに提案された敬語の5分類を紹介・解説!
気をつけよう!敬語の誤用
まとめとして〜正しい敬語表現のための基本的な考え方〜


現代における敬語表現の意義〜敬語についての基本的認識〜

 「敬語は人間を上下に位置付けようとするもので、現代社会には馴染まないものなのではないか?」とか、或はそれと関連することですが、「社会人は尊敬していない人にまで敬語を使わなければならないのか?」といった疑問を持つ人も多く見受けられます。特に若い人を中心に、昨今はこのように敬語に対して批判的な見解を持つ人も増えてきました。
 本項では、現代における敬語の重要性とその意義についての解説を中心に、敬語についての基本的認識をまとめました。
現代における敬語表現の重要性

 敬語は相手や周囲の人と自分との間の関係を表現するものであり、社会生活の中で人と人がコミュニケーションを円滑に行ない、確かな人間関係を築いてゆくために敬語は不可欠な働きを持っている。
 相手や周囲の人、またその場の状況についての、(「敬い」や「へりくだり」「改まった気持ち」などといった)言葉を用いる人の気持ちを表現する言語表現として、敬語は重要な役割を果たしている。


 古代から現代に至る日本語の歴史の中で、敬語は一貫して重要な役割を担って来ました。その役割とは、人が言葉を用いて自らの意思や感情を人に伝える際に、単にその内容を表現するのではなく、「相手や周囲の人と自らとの人間関係=社会関係についての気持ちの在り方を表現する」というものです。そして気持ちの在り方とは、たとえば立場や役割の違い、また年齢や経験の違いなどに基づく「敬い」や「へりくだり」などの気持ちです。それと同時に、言葉を用いるその場の状況についての人の気持ちを表現する言語表現としても敬語は重要な役割を担っています。たとえば公的な場での改まった感情と私的な場での寛いだ感情とを人は区別しますが、敬語はそうした気持ち(感情)を表現する役割も担っているわけです。このように、「言葉を用いる人の、相手や周囲の人やその場の状況についての気持ちを表現する言語表現」として敬語は重要な役割を果たしているものでもあるのです。
 また、以上のことを別の方向から見直してみると、敬語は、“話し手や書き手がその場の人間関係や状況をどのように捉えているか”を表現するものであるということも出来ます。たとえば「鈴木さんがいらっしゃる」という尊敬語は鈴木さんを“立てて”述べる敬語ですが、この敬語を用いることによって、話し手は自らが鈴木さんを「立てるべき人」として捉えていることを表現出来ます。また、「こちらです」という丁寧語は「こっちだ」と同様の意味を相手に対して丁寧に述べる敬語ですが、この敬語を選ぶことによって、話し手は相手を「丁寧に述べるべき人物」として扱っていることを表現出来るわけです。このように敬語は、話し手が“相手や周囲の人と自らの間の人間関係をどのように捉えているか”を表現する働きも持っているのです。なお、ここで留意しなければならないのは、敬語を用いれば、話し手が意図すると否とに関わらず、その敬語の表現する人間関係が表現されることになり、逆に敬語を用いなければ、用いた時とは異なる人間関係が表現されることになる、ということです。要するに「敬語をどのように用いると、どのような人間関係が表現されるか」について留意することはもとより必要な事柄ですが、それと同時に、「敬語を用いない場合にはどのような人間関係が表現されるか」についても充分に留意することが必要です。

 何れにせよ言語コミュニケーションというものは、話し言葉であれ書き言葉であれ、いつも具体的な場で人と人との間で行なわれます。そして、敬語は人と人との間の関係を表現するものであります。注意深く言えば、敬語表現は、意図するか否かに関わらずその人の人間関係(=社会関係・上下関係)を表現してしまうものであるわけです。そうであるからには、社会生活や人間関係の多様化が深まる日本社会において、人と人が言語コミュニケーションを円滑に行ない、確かな人間関係を築いてゆくためにも、現在も、また将来にわたっても敬語の重要性は変わらないのだと認識することが必要でしょう。
「相互尊重」を基盤とする敬語使用

 敬語は人と人との「相互尊重」の気持ちを基盤とすべきものである。


 言葉は時代と共に変化します。社会や人間関係の在り方や言語を用いる場面についての捉え方が時代を追って変化するのに応じて、敬語もその役割や性格を変化させて現代に至っています。身分や役割の固定的な階層を基盤としたかつての社会にあっては敬語もそれに応じて固定的で絶対的な枠組みで用いられて来ましたが、これに対して現代社会は基本的に平等な人格を互いに認め合う社会です。敬語も固定的=絶対的なものとしてではなく、人と人とが相互に尊重し合う人間関係を反映した相互的=相対的なものとして定着して来ています。上に示した敬いやへりくだりといった敬意表現も、身分などに基づく旧来の固定的なものでなく、相互尊重の気持ちを基盤としたそのつどの人間関係に応じたものとして、現代社会においても当然大切にされなければならないと理解すべきでしょう。

 ちなみに、上述の「基本的に平等な人格を互いに認め合う」ないしは「人と人が相互に尊重し合う人間関係」とは、人が社会の中でそれぞれに持つ様々な立場や役割の違いの存在を無視して言うものではありません。年齢の違いや経験・知識・能力などの違い、また、社会集団の中での立場の違い(先輩と後輩、教える側と教えられる側、恩恵や利益を与える側と受ける側など)や階層(会社の中の職階など)などが存在することを前提とした上で、さらにこれらに基づいた様々な「上下」関係が意識されるものであることを前提とした上で、人と人が互いに認め合い、互いに尊重し合う関係に立つことをここでは「相互尊重」と呼んでおきたいと思います。なお「相互尊重」とは、年上の人や先輩・上司・教えてくれる人などに対して年下の人や後輩・部下・教えてもらう側の人が敬いやへりくだりの気持ちを持つ場合だけでなく、逆に年下の人に対して年上の人が、後輩に対して先輩が、部下に対して上司が、教えてもらう側に対して教える側が、それぞれ相手の立場や状況を理解したり配慮したりする場合をも合わせた捉え方です。
「自己表現」としての敬語使用

  敬語は自らの気持ちに即して主体的に言葉づかいを選ぶ「自己表現」として使用すべきものである。
 「自己表現」として敬語を使用する場合でも、敬語の明らかな誤用や過不足は避けることを心懸ける。


 先に「敬語はその場の人間関係や場の状況に対する気持ちの在り方を表現する」と述べました。そして、たとえば敬いやへりくだりという気持ちは、現代の敬語においては人や階層毎に固定的=絶対的なものでなく、相互尊重を基盤とした相互的=相対的なものであります。当然ながらこれらのことは、「こういう相手にはいつでも・誰でもこの敬語でなくてはならない」とか「こういう場面ではいつも皆がこの敬語を使わなくてはならない」というように敬語の使用を固定的に考えるのは適切ではない、という考え方につながります。


 まず第一に、現代における敬語の使用はあくまでも「自己表現」であるべきです。ここで「自己表現」とは、具体的な言語表現に際して、相手や周囲の人との人間関係やその場の状況に対する自らの気持ちの在り方を踏まえて、そのつど主体的な選択や判断をして表現するということです。敬語を固定的に捉えず、「相互尊重」の姿勢を基盤とし、そのつどの人間関係やその場の状況についての自らの気持ちに即したより適切な言葉づかいを主体的に選んだ「自己表現」をすることを目指すべきでしょう。

 次に、そのような「自己表現」として敬語を使用する際にも、敬語の明らかな誤用や過不足はもちろん避けることを心掛けるべきものであります。言うまでもないことながら、それを十全に行なうために敬語や敬語の使い方についての知識や考え方をきちんと身につけることが重要となります。たとえば「今の自分のこの気持ちを表現するためにはどんな敬語が適切か?」「こういう敬語を使うと、人間関係や場面についてどんな気持ちが表現できるか?」、さらには「この敬語を使うと(或は使わないと)どのような気持ちが表現されることになるか?」といったことを自らに問いかける姿勢が必要となる次第です。これらの問いは、前に挙げた固定的な敬語使用を問うものではなく、「自己表現」として敬語を主体的に選ぶ際の問いになります。そして、当然ながらそのような努力は惜しむべきでありません。
参考1) 世代や性による敬語意識の多様性について

 人々の敬語の使い方の違いには、その人のその敬語についての理解や認識の違いが反映していることを考慮すると共に、他者の異なる言葉づかいをその人の「自己表現」として受け止めることが大切なことになります。

 たとえば昔は親に対して敬語を使うのが基本とされていましたが、現在では親に対しての敬語は距離感の象徴と受け取られることが多くなりました。このように言葉づかいや言葉についての考え方は、世代によって、或は性によって異なる場合が少なくありません。敬語の使い方や敬語についての考え方ももちろんその例外ではありません。敬語の使い方についての世代や性による違いに関して、ここでは以下の2点を指摘したいと思います。


 まず第一に、敬語の使い方の違いには、その敬語についての理解や認識の違いが反映していることを考慮すべきだということが挙げられます。たとえばペットにエサを「あげる」と「やる」という表現について議論がありますが、「やる」派と「あげる」派とでは理解や認識に様々な違いがあるように、自分とは別の見解の人には自分とは別の理解や認識があること、つまり、自分とは異なる感じ方や意見を持つ人が周囲にいることに留意する必要があります。

 次に、より重要なこととして、前に示した「自己表現」という観点から言葉づかいを自ら選ぶ姿勢を持つこと、それと同時に、他者の異なる言葉づかいもその人の「自己表現」として受け止める姿勢を持つことに留意する必要があります。たとえばペットにエサを「やる」のも「あげる」のも、どちらもその人の「自己表現」として選ばれて発語されているわけです。このように敬語を選んで使おうとする際に、たとえば「男性(女性)だから○○のように言うべきだ」「20代の若者は○○と言うべきだ」というように、男女の違いや世代の違いなどによって画一的に考える態度は極力避けるべきだということになります。


 以上のように世代や性によって敬語の使い方や考え方に違いがあることについては、一つひとつの言葉づかいを敬語使用の現状や現代の規範に照らして吟味しながら受け止める姿勢が必要となります。それと同時に、繰り返しになりますが、敬語を世代や性による画一的な枠組みによるのではなく「自己表現」として選ぶ、という姿勢や工夫も必要でしょう。


敬語や言葉に対して自信を持っているか?
敬語表現に対する自信度

参考2) 欧米語に敬語表現はあるか?

 ヨーロッパ近代語では敬語は日本語ほど体系的には発達していないと言われます。

 もっともヨーロッパ近代語に敬語があるか否かは敬語の定義次第で、敬語を「人物間の上下関係や親疎関係を反映した言語表現」と広義に捉えれば、(たとえば英語で丁寧な命令文に please を付けることなどの文法的知識を英語初学者でも知っているように)ヨーロッパ近代語にも敬語があると言えます。しかし一方で、日本語のように「人物間の上下関係を反映した言語表現が体系的に文法化された形式」を持つものに限って狭義に敬語を定義すれば、当然ながらヨーロッパ近代語には敬語はないことになります。この違いは、敬意の表現が日本では言語を中心に為されるのに対し、欧米ではそれが言語と行為によって為されるという点によるものです。このため、欧米文化から見れば日本人は行為面での敬意表現が少ないと評価されることにもつながり、またその反対に、日本では敬語を使わないことが即敬意を持っていないことにつなげて解釈されやすいことにもなるわけです。

 ちなみに上でも触れたように、敬語の用法は文化によって異なる上下関係に依存しているため、非母語話者にとっては学習上の難点となることがあります。もっとも日本語の場合は、氾濫する「バイト敬語(マニュアル敬語)」の例にも見られるように、ある意味で外国人でも教科書を丸暗記すれば「正しい敬語」が使えるので、むしろ学習が容易だとする意見もあります。一方で日本語ほど体系立った敬語を持たない言語では、敬意を表す上で抑揚や発音・表情・態度・話の運び方など表面上の言語表現以外に頼る部分が日本語より大きく、活字化しにくいこれらの要素の方が非母語話者にとっては学習が難しいということになるわけです。

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敬語の種類とその働き〜新たに提案された敬語の5分類を紹介・解説!

 ニュースにもなりましたが、文化審議会は先ごろ「敬語の指針」と題する答申を発表しましたが、これは敬語教育における「拠り所」として作成されたものです。本答申では、従来の「語の3分類」に代えて新たに「敬語の5分類」が提案・解説されています。
 本項では、従来より広く行なわれてきた「敬語の3分類」の簡単な解説も行ないながら、新しい「敬語の5分類」について出来る限り詳しく紹介・解説いたしました。
敬語の3分類〜尊敬語・謙譲語・丁寧語〜

 敬語には従来、(1)相手を敬い、その人自身やその人に属する物事や状況・行為などに対して使う「尊敬語」、(2)相手を立てるために自分がへりくだる「謙譲語」、(3)丁寧に表現する「丁寧語」の3つがあるとされて来ました。
 新たに提案された「敬語の5分類」を紹介・解説する前に、ここでは従来より親しまれてきた「敬語の3分類」を簡単に紹介しておきたいと思います。


<敬語の3分類>
尊敬語:  尊敬語は相手に敬意を表わす敬語のことで、話の対象者そのものや行動に対して敬意を表わし、持ち上げる敬意表現です。丁寧語と組み合わせて使用します。
謙譲語:  謙遜語は謙遜の意味をこめて自分に関する事柄をへりくだって表現する敬語のことで、そうすることで間接的に相手を高めて敬意を表わす敬意表現です。決して相手に対して使ってはいけない種類の敬語です。
丁寧語:  言葉自体を丁寧に表現することで相手を敬う敬意表現で、対等の相手に対しても使われるため、普段から一番使い慣れている敬語と言っても構わないでしょう。
 なお、敬語で特に重要なのは上の「尊敬語」と「謙譲語」の2つで、「丁寧語」は補助的なものだとする見解もあります。


主な敬語表
普通語 尊敬語 謙譲語 丁寧語
する される・なさる いたします します
いる いらっしゃる おる います
行く 行かれる・いらっしゃる うかがう 行きます
来る いらっしゃる・お出でになる・お見えになる 参る 参ります
帰る 帰られる 帰らせていただく 帰ります
会う 会われる お目にかかる 会います
待つ お待ちになる 待たせていただく 待ちます
見る ご覧になる 拝見する 見ます
言う 言われる・おっしゃる 申し上げる 言います
聞く 聞かれる・お聞きになる 伺う・拝聴する・お聞きする・承る 聞きます
書く 書かれる 書かせていただく 書きます
読む 読まれる 拝読する・読ませていただく 読みます
知る ご存知です 存じ上げております 知っています
思う お思いになる 存じます 思います
食べる 食べられる・召し上がる いただく 食べます
借りる お借りになります 拝借します 借ります
送る お送りくださる 送らせていただく 送ります

新しい敬語の指針〜敬語の3分類と5分類〜

 文化審議会は先月、「敬語の指針」と題する答申をまとめました。その答申では、従来よく行なわれてきた敬語の3分類(「尊敬語」「謙譲語」「丁寧語」)に対して、「尊敬語」「謙譲語T」「謙譲語U(丁重語)」「丁寧語」「美化語」の5分類で敬語を解説しています。ちなみにこの5分類は、従来の3分類に基づき、現在の敬語の使い方をより深く理解するために、3種類のうち「謙譲語」を「謙譲語T」と「謙譲語U(丁重語)」の2種類に大別し、また、「丁寧語」を「丁寧語」と「美化語」に分けたものです。

 従来の3分類と新たな5分類の関連を参考までに以下に表にまとめておきました。詳しい解説は以後の各節で行なうことにします。


<敬語の3分類と5分類の関係>
3分類 5分類 特徴 2分類(※)
尊敬語 尊敬語 「いらっしゃる・おっしゃる」型:話題中の動作の主体が話し手よりも上位であることを表わす敬語で、相手側または第3者の行為や物事・状態などについて、その人物を立てて述べる敬意表現。 素材敬語
謙譲語 謙譲語
(謙譲語T)
「伺う・申し上げる」型(謙譲語T):話題中の動作の受け手が話題中の動作の主体よりも上位であることを表わす敬語で、自分側から相手側または第3者に向かう行為や物事などについて、その「向かう先」の人物を立てて述べる敬意表現。
丁重語
(謙譲語U)
「参る・申す」型(謙譲語U):聞き手が話し手よりも上位であることを表わす敬語で、自分側の行為や物事などを話や文章の相手に対して丁重に述べる敬意表現。 対者敬語
丁寧語 丁寧語 「です・ます」型:話や文章の相手に対して丁寧に述べる敬語で、語尾の「です」「ます」「ございます」などの語で聞き手が話し手よりも上位であることを表わす敬意表現。対等の相手に対しても使われます。
美化語 「お酒・お料理」型:物事を美化して述べるもの。必ずしも敬意表現とは規定出来ない。 -
敬語にはその性質上、「話題中の人物を高めるもの(素材敬語)」「話し手が対面している聞き手を高めるもの(対者敬語)」とがあります。今回の文化審議会の答申による5分類は、従来の3分類を下にこの両者を区別することで定義されたものと言えます。なお、美化語は従来は「敬語」からは外されることも多かったことをお断わりしておきます。

詳解!敬語の5分類(1):尊敬語〜「いらっしゃる・おっしゃる」型〜

 尊敬語は相手に敬意を表わす敬語のことで、話題中の動作や状態の主体が話者よりも上位である場合に使われます。すなわち、相手を自分より高めて丁寧に扱うことで、相手及びその動作や状態・所有物に対して敬意を表わす尊敬表現です。丁寧語と組み合わせて用います。

 普段の言葉に「○○れる・られる」や「お(ご)○○になる」を加えて尊敬語に直す場合と、「言う」を「おっしゃる」のように変化させる場合があります。文法的には動詞(助動詞)や形容詞の語形変化を指しますが、名詞の語彙を変えることも尊敬語に含む場合があります(例:誰→どなた)。


□文例:
行為等(動詞及び動作性の名詞)
いらっしゃる、おっしゃる、なさる、召し上がる、お使いになる、御利用になる、読まれる、始められる、お導き、御出席、(立てるべき人物からの)御説明 など
物事等(名詞)
お名前、御住所、(立てるべき人物からの)お手紙 など
状態等(形容詞など)
お忙しい、御立派 など

相手の動作や状態を高める お話しになる、いらっしゃる、おっしゃる、召し上がる
相手や第3者を高める ○○さま、○○さん、○○部長、○○先生、こちらさま
相手側に近い人や会社・所有物を高める ご家族、ご親戚、御社、お荷物、お手紙
相手の性質や状態を高める お詳しい、ご立派、ご心配、お淋しい、お元気、お忙しい


注: 「立てる」ということについて(1)
 尊敬語を使う心理的な動機としては、「その人物を心から敬って述べる場合」や「その状況でその人物を尊重する述べ方を選ぶ場合」、また「その人物に一定の距離を置いて述べようとする場合」など様々な場合がありますが、何れにしても尊敬語を使う以上、その人物を言葉の上で高く位置づけて述べることになります。以上のような様々な場合を通じて相手側を「言葉の上で高く位置づけて述べる」という共通の特徴を捉える表現として、ここでは「立てる」を用いることにします。


□ 重要ポイント解説1:尊敬語
■解説1: 重要ポイント 行為についての尊敬語
 たとえば「先生は来週海外へいらっしゃるんでしたね」と述べる場合、これは「先生は来週海外へ行くんでしたね」と同じ内容ですが、「行く」の代わりに「いらっしゃる」を使うことで先生を立てる述べ方になります。このように、「いらっしゃる」は「行為者」に対する敬語として働きます。なお、「先生のお導き」なども「行為者」を立てる尊敬語です。

「いらっしゃる」は、「行く」の他に「来る」「いる」の尊敬語としても使われます。
■解説2: 物事や状態についての尊敬語
 「お名前」「お忙しい」のように、行為ではなく物事や状態を表わす語にも尊敬語と呼ばれるものがあります。たとえば「先生のお名前」は名前の所有者である先生を、また「先生はお忙しいようですね」は忙しい状態にある先生をそれぞれ立てることになります。
■解説3: 立てられる人物について
 たとえば「先生は来週海外へいらっしゃるんでしたね」などと述べる場合には次のような場合があります。
(1)先生に対して直接このように述べる場合
(2)先生の家族等に対してこのように述べる場合
(3)その他の人(たとえば友人等)に対してこのように述べる場合

 尊敬語を使うことによって立てられる人物は、(1)の場合は「話や文章の相手」、(2)の場合は「相手の側の人物」に当たりますが、ここでは、(1)(2)の場合をまとめて「相手側」と呼ぶことにします。また(3)の場合、立てられる人物は第3者に当たります。以上のように、尊敬語は「相手側または第3者の行為や物事・状態などについての敬語」であるということが出来ます。(※なお、立てられる人物が状況や文脈から明らかな場合には、それを言葉で表現せずに、ただ「来週海外へいらっしゃるんでしたね」とか「お名前」などと述べる場合もあります。)
■補説: 「くださる」について
 「くださる」という表現の場合は、行為者を立てるという一般の尊敬語の働きに加えて、「その行為者から恩恵が与えられる」という意味も併せて表現しています。たとえば「先生が指導してくださる」「先生がご指導くださる」は、それ(=先生が指導すること)が有難いことだという表現の仕方になるわけです。

詳解!敬語の5分類(2):謙譲語(謙譲語T)〜「伺う・申し上げる」型〜

 謙譲語は自分がへりくだることで相手を敬う日本語独特の表現方法で、自分側から相手側または第3者に向かう行為や物事などについて、その「向かう先」の人物を立てて述べるような場合に使われます。

 なおこの敬語表現は、当然ながら話題中の動作の受け手(間接的である場合もあります)が話題中の動作の主体よりも上位である場合に使われます。そのため、謙譲語は話題中に2人以上の人物が登場しなければなりません。なお、これは決して相手に対して使ってはいけない種類の敬語です。


□文例: 伺う、申し上げる、お目に掛かる、差し上げる、お届けする、御案内する、(立てるべき人物への)お手紙、御説明 など


注1: 謙譲語Tという表記について
 この種の敬語は従来より一般に「謙譲語」と呼ばれて来ましたが、最近の文化審議会の答申では、次の「謙譲語U」と区別して特に「謙譲語T」と呼ばれています。なお煩雑を避けるために、ここでは「謙譲語」を「謙譲語T」の意味で用いています。従って、特に断わりなく「謙譲語」と言った場合は「謙譲語T」を指していると理解して下さい。

注2: 「向かう先」について
 たとえば「先生にお届けする」「先生を御案内する」などの先生は自分にとって当然「向かう先」ですが、この他に「先生の荷物を持つ」「先生のために皿に料理を取る」という意味で「お持ちする」「お取りする」と述べるような場合の先生についても、ここで言う「向かう先」になります(例:「先生、そのカバン、私がお持ちします」「先生、お料理、お取りしましょう」など)。また、「先生からお借りする」の場合の先生は、物の移動の向きについて見れば「向かう先」ではなく、むしろ「出どころ」ですが、借りる側からは先生が「向かう先」だと見ることも出来ます。また、「先生からいただく」「先生に指導していただく」の場合の先生」も、物や指導するという行為について見れば「出どころ」や「行為者」ではあるわけですが、もらう/指導を受ける側から見ればその「向かう先」になります。その意味でこれらも謙譲語であるということになります。上で述べた「向かう先」とは、このような意味であることをご理解下さい。

注3: 「立てる」ということについて(2)
 謙譲語を使う心理的な動機としては、「『向かう先』の人物を心から敬うと共に自分側をへりくだって述べる場合」と、「その状況で『向かう先』の人物を尊重する述べ方を選ぶ場合」、また「『向かう先』の人物に一定の距離を置いて述べようとする場合」など様々な場合があるわけですが、何れにしても謙譲語を使う以上、「向かう先」の人物を言葉の上で高く位置づけて述べていることになります。以上のような様々な場合を通じて相手側を「言葉の上で高く位置付けて述べる」という共通の特徴を捉える表現として、ここでも「立てる」という表現を用いることにします。なお、これは上の尊敬語における「立てる」と同じ性質のものですが、ただ尊敬語と謙譲語とでは、「行為者」などを立てるのか、それとも「向かう先」を立てるのか、という点で違いがあるわけです。


□ 重要ポイント解説2:謙譲語
■解説1: 重要ポイント 行為についての謙譲語
 たとえば「先生のところに伺いたいのですが」などと述べる場合、これは「先生のところに行きたいのですが(先生のところを訪ねたいのですが)」と同じ内容ですが、「行く(訪ねる)」の代わりに「伺う」を使うことで先生を立てる述べ方になります。このように、「伺う」は「向かう先」 に対する敬語として働きます。

「伺う」は、「行く(訪ねる)」の他に「聞く」「尋ねる」の謙譲語としても使われます。
■解説2: 名詞の謙譲語
 「先生へのお手紙」「先生への御説明」のように、名詞についても「向かう先」を立てる謙譲語があります。

ただし、「先生からのお手紙」「先生からの御説明」の場合は「行為者」 を立てる尊敬語です。このように、同じ形で尊敬語としても謙譲語としても使われるものがあるので注意が必要です。
■解説3: 立てられる人物について
 たとえば「先生のところに伺いたいのですが」(或は「先生への御説明」)などと述べる場合には次のような場合があります。
(1)先生に対して直接このように述べる場合
(1)先生の家族等に対してこのように述べる場合
(1)その他の人(たとえば友人等)に対してこのように述べる場合

 謙譲語を使うことによって立てられる「向かう先」の人物は、(1)の場合は話や文章の相手、(2)の場合は相手の側の人物に当たりますが、ここでは、(1)(2)の場合をまとめて「相手側」と呼ぶことにします。また(3)の場合、立てられる「向かう先」の人物は第3者に当たります。以上のように、謙譲語は「相手側または第3者を『向かう先』とする行為や物事などについての敬語」であるということが出来ます。(※なお、立てられる人物が状況や文脈から明らかな場合には、それを言葉で表現せずに、ただ「伺いたいのですが」とか「御説明」「お手紙」などと述べる場合もあります。)
■解説4: 行為者について
 謙譲語の行為者については、次の(1)または(2)のような使い方が一般的です。
(1)「先生のところに伺いたいのですが」のように自分の行為について使う場合
(2)「息子が先生のところに伺いまして」のように自分の側の人物の行為について使う場合
(3)「田中君が先生のところに伺ったそうですね」のように第3者の行為について使う場合
(4)「鈴木君は先生のところに伺ったことがありますか?」(鈴木君に対して、或は鈴木君の家族等に対してこう述べる)のように相手側の行為について使う場合

 謙譲語は、一般的には(1)(2)の例に見るように自分側から相手側または第3者に向かう行為について使います。ただし、謙譲語はそれ以外に(3)(4)の例に見るような形で使う場合もあります。
 たとえば(3)(4)は自分側からの行為ではない点は(1)(2)と異なりますが、「向かう先」の先生を立てる働きを果たしている点では(1)(2)と同様です。また(3)(4)では、田中君や鈴木君はこの文脈では「向かう先」の先生に比べれば「立てなくても失礼に当たらない人物」と捉えられています(例:(3)(4)の文を述べている人と田中君や鈴木君が共に先生の指導を受けた間柄である場合など)。このように相手側や第3者の行為であっても、その行為の「向かう先」が「立てるべき人物」であって、かつ行為者が「向かう先」に比べれば「立てなくても失礼に当たらない人物」であるという条件を満たす場合に限っては謙譲語を使うことが可能です。
■補説: 「いただく」について
 「いただく」は上に述べた通り謙譲語ですが、謙譲語の基本的な働きに加えて、「恩恵を受ける」という意味も併せて表現しています。たとえば「先生に指導していただく」とか「先生に御指導いただく」と言った表現は、それ(=先生が指導すること)が有難いことだという表現の仕方になるわけです。

詳解!敬語の5分類(3):丁重語(謙譲語U)〜 「参る・申す」型〜

 聞き手が話し手よりも上位であることを表わす動詞の語彙を丁重語と言い、必ず丁寧語の「ます」を伴うことが特徴です。また話し手は、話題中の動作の主であるか動作の主と同じグループに属していなければなりません。

 これも従来より「謙譲語」として扱われて来たものですが、いわゆる謙譲語と違って動作の受け手が存在しなくてもよい敬意表現です。その多くは謙譲語を兼ねておりますが、丁重語だけに使われるものに「おる(おります)」があります。(※なお、単に丁寧語「ます」だけを使うよりもより丁寧な印象を相手に与えることが出来るため、これを自分を上品に見せるための「美化語」に分類する人もいます。) 


□文例: 参る、申す、致す、おる、拙著、小社

今、自宅にいる 今、自宅にいます 今、自宅におります
出張で大阪に行った 出張で大阪に行きました 出張で大阪に参りました
山田と言う 山田と言います 山田と申します

名詞の言い替え例:
粗茶
粗品
愚妻(同様に愚息、愚兄、愚弟、愚妹)
著作 拙著
我が社 弊社


注1: 謙譲語Uという表記について
 謙譲語Tと同様にこの種の敬語も従来より一般に「謙譲語」と呼ばれて来ましたが、最近の文化審議会の答申では、先の「謙譲語T」と区別して特に「謙譲語U(丁重語)」と呼ばれています。なお煩雑を避けるために、ここでも「謙譲語U」の表記は用いず、「丁重語」の語を用いることにします。


□ 重要ポイント解説3:丁重語
■解説1: 重要ポイント 丁重語とその典型的な用法
 たとえば「明日から海外へ参ります」と述べる場合、これは「明日から海外へ行きます」と同じ内容ですが、「行く」の代わりに「参る」を使うことで自分の行為を話や文章の相手に対して改まった述べ方で述べることになり、これが丁重さをもたらすことになります。

「参る」は、「行く」の他に「来る」の丁重語としても使われます。
■解説2: 名詞の丁重語
 「拙著」「小社」などの名詞に見るように、自分に関することを控え目に表わす語があり、これらを「名詞の丁重語」だと位置づけることが出来ます。これらは主に書き言葉で使用されます。
■解説3: 自分側の行為以外にも丁重語を使う場合〜例:「バスが参りました」〜
 丁重語のうち行為を表わすもの(動詞)は次の(1)または(2)のように使うのが典型的な使い方です。
(1)「私は明日から海外に参ります」のように自分について使う場合
(2)「息子は明日から海外に参ります」のように自分の側の人物について使う場合
(3)「向こうから子供たちが大勢参りました」「バスが参りました」「夜も更けて参りました」のように第3者や事物について使う場合

 このように、丁重語は基本的には(1)(2)の例に見るように自分側の行為に使います。ただし、丁重語はそれ以外に(3)の例に見るような形で使う場合もあります。
 たとえば(3)は自分側の行為ではない点は(1)(2)と異なりますが、「話や文章の相手に対して丁重に述べる」という働きを果たしているという点では(1)(2)と同様です。また、(3)の初めの例の子供たちはこの文脈では「立てなくても失礼に当たらない人物」と捉えられています。このように、立てなくても失礼に当たらない第3者や事物についても丁重語を使うことが可能です。なお、丁重語は基本的には自分側の行為に使うものなので、相手側の行為や立てるべき人物の行為について、「(あなたは)どちらから参りましたか?」とか「先生は来週海外へ参ります」などと使うのは不適切です。
■補説1: 「謙譲語」と「丁重語」の違いについて
〜 <「向かう先」 に対する敬語>と<「相手」に対する敬語>〜
 謙譲語と丁重語は類似している点もあるため、従来はどちらも「謙譲語」と一括して呼ばれて来ましたが、謙譲語は「『向かう先』(相手側である場合も第3者である場合もあります)に対する敬語」、一方の丁重語は「『相手』に対する敬語」で、両者はその性質が異なっています。


 なお、この点に関係して次のような違いも指摘することが出来ます。
□イ:立てるのに相応しい「向かう先」の有無についての違い
 謙譲語の場合、たとえば「先生のところに伺います」とは言えますが、「弟のところに伺います」は不自然です。これは、初めの例では「向かう先」である先生が立てるのに相応しい対象となるのに対し、後者の弟は立てるのに相応しい対象とはならないためです。要するに謙譲語は「向かう先」 に対する敬語であるため、このように立てるのに相応しい「向かう先」がある場合に限って使われます。
 一方で丁重語の場合は、たとえば「先生のところに参ります」とも言えるし、「弟のところに参ります」とも言えます。これは要するに、丁重語は「相手」に対する敬語であるため、このように立てるのに相応しい「向かう先」があってもなくても使うことが出来るわけです。


□ロ:どちらも使える場合の敬語としての働きの違い
 相応しい「向かう先」がある場合は、謙譲語を使って、たとえば「先生のところに伺います」のように述べることも、或は丁重語を使って「先生のところに参ります」のように述べることも出来ます。ただし、前者が先生に対する敬語であるのに対して、後者は話や文章の「相手」に対する敬語であることに注意が必要です。つまり、先生以外の人に対してこれらの文を述べる場合、「先生のところに参ります」の方は先生ではなく「相手」に対する敬語として働くことになります。なお、先生に対してこれらの文を述べる場合には、先生=「相手」という関係が成立しているので、結果としてどちらの文も同じように働くことになります。
 このように、行為の「向かう先」と話や文章の「相手」とが一致する場合に限って謙譲語と丁重語はどちらも事実上同じように使うことが出来ます。謙譲語と丁重語が似ているように映るのはこのためですが、「向かう先」と「相手」とが一致しない場合には謙譲語と丁重語の働きの違いに留意して使う必要が出て来ます。


□ハ:「ます」との関係についての違い
 謙譲語は場合によっては「ます」を伴わずに使うことも出来ますが、丁重語は一般に「ます」を伴って使います。


□ニ:まとめ
 以上【1−イ】【1−ロ】【1−ハ】のような謙譲語と丁重語の違いは、要するに謙譲語は「向かう先」(相手側または第3者)に対する敬語、一方の丁重語は「相手」に対する敬語であるという違いに基づくものです。このような違いがあるため、先の文化審議会の答申ではこの両者を区別して、一方を「謙譲語T」、他方を「謙譲語U」(丁重語)と呼ぶことになった次第です。
■補説2: 謙譲語と丁重語の両方の性質を併せ持つ敬語
 謙譲語と丁重語は上に述べたように異なる種類の敬語ではありますが、その一方で両方の性質を併せ持つ敬語として「お(ご)〜致す」があります。
 たとえば「駅で先生をお待ち致します」と述べる場合、これは「駅で先生を待ちます」と同じ内容ですが、ここでは「待つ」の代わりに「お待ち致す」が使われています。これは「お待ちする」の「する」を更に「致す」に代えたもので、「お待ちする」(謙譲語)と「致す」(丁重語)の両方が使われています。この場合、「お待ちする」の働きによって「待つ」の「向かう先」である先生を立てると共に、「致す」の働きによって話や文章の「相手」(先生である場合も他の人物である場合もあります)に対して丁重に述べることにもなるわけです。要するに「お(ご)〜致す」は、「自分側から相手側または第3者に向かう行為について、その向かう先の人物を立てると共に話や文章の相手に対して丁重に述べる」という働きを持つ、謙譲語と丁重語を兼ね備えた敬意表現であるということになります。

詳解!敬語の5分類(4):丁寧語〜「です・ます」型〜

 聞き手が話し手よりも上位である場合に使われる敬語を特に丁寧語を言います。広義では聞き手に対する配慮を表わす諸々の語を含める場合がありますが、文法的に語末に使われる現代語の「です」「ます」「ございます」、古語の「はべり」「候ふ」などを指しています。ちなみに文法的には、これは「丁寧語」というよりも「丁寧体」として分析されます。


□文例: です、ます


ます
見る 見ます(意志)
見た 見ました(過去)
見ない 見ません(否定)
見よう 見ましょう(勧誘)

です
形容詞
忙しい 忙しいです(現在)
忙しかった 忙しかったです(過去)
忙しくない 忙しくありません(否定)
忙しいだろう 忙しいでしょう(推測)
形容動詞
きれいだ きれいです(現在)
きれいだった きれいでした(過去)
きれいではない きれいではありません(否定)
きれいだろう きれいでしょう(推測)
名詞+繋辞(コピュラ)※注
学生だ 学生です(現在)
学生だった 学生でした(過去)
学生ではない 学生ではありません(否定)
学生だろう 学生でしょう(推測)

※注: 繋辞(けいじ)
 コピュラ(copula)のこと。文の主語とその後に置かれる語をイコールで結ぶ品詞のことを言います。一般にコピュラによって主語と結ばれる語は名詞など動詞以外の品詞が多いとされます。元々はラテン語で「連結」の意味を表わす名詞でしたが、文法用語として使われるようになったものです。日本語で繋辞(けいじ)とも呼ばれ、多くの言語で動詞のように振舞い、特別な動詞として品詞分類されます。日本語では「だ」「です」「である」「になる」などがこれに当たり、学校文法で「だ」「です」は助動詞の一部として扱われています。また、名詞と名詞の関係を表わす「の」のうち「である」で置き換えられ、同格を表すものをコピュラに入れる場合もあります。なお、これらはすべて存在を表わす「ある」という語から派生して出来たものです。


□ 重要ポイント解説4:丁寧語
■解説: 丁寧語一般について
 たとえば「次は来月十日です」は「次は来月十日だ」、また「6時に起きます」は「6時に起きる」とそれぞれ同じ内容ですが、「です」「ます」を文末に付け加えることで話や文章の相手に対して丁寧さを添えて述べることになります。このように、「です」「ます」は「相手」に対する敬語として働きます。この種の敬語は一般に「丁寧語」と呼ばれています。なお、これらと同じタイプで、さらに丁寧さの度合いが高い敬語として「(で)ございます」があります。

聞き手が上位の場合の「です」「ます」で終わる文体を「敬体」、同等や下位にある場合に使われる「だ」や動詞・形容詞の終止形で終わる文体を「常体」と呼びます。
■補説: 丁重語と丁寧語
 「丁重語」も話や文章の相手に対する敬語として働くので、この意味では「丁寧語」と近い面を持っていると言えます。違いは、丁重語は基本的には「自分側」のことを述べる場合に使い、特に「相手側」や「立てるべき人物」の行為については使えないのに対し(丁重語の【解説3】参照)、丁寧語は「自分側」のことに限らず広く様々な内容を述べるのに使えることです。また、丁重語は丁寧語「です」「ます」よりも改まった丁重な表現です。

詳解!敬語の5分類(5):美化語〜「お酒・お料理」型〜

 美化語とは話者が聞き手に上品な印象を与えるために使う語のことで、文法的に見た場合は厳密には敬語とは言えないのですが、聞き手に対する配慮を示しているということで敬語に準じるものとされることが多くなりました。また、必ずしも「敬意表現」とも言い切れない側面も持っています。

 美化語は名詞に「お」や「ご」を付けたり語彙を変えたりして作られます。これには普通に使われるもの、男女に差があるもの、たまに使われるものなどレベルが分けられます。


□文例: お酒、お料理

「お・ご」をつける
お店
お茶
菓子 お菓子
食事 お食事
飲み物 お飲み物
下劣 お下劣
下品 お下品
語彙を変える
めし ごはん
おなか
便所 お手洗い


注:  美化語を丁寧語に分類する人もいれば、丁重語を美化語に入れる人もいます。文化審議会の答申に倣い、ここでは美化語を丁寧語に分類して解説しました。


□ 重要ポイント解説5:美化語
■解説: 美化語一般について
 たとえば「お酒は百薬の長なんだよ」などと述べる場合の「お酒」は、尊敬語である「お導き」「お名前」などとは違って「行為者」や「所有者」を立てるものではありません。また、謙譲語である「(立てるべき人物への)お手紙」などとも違って「向かう先」を立てるものでもありません。さらに丁重語や丁寧語とも違って、「相手」に丁重に、或は丁寧に述べているということでもありません。すなわち、上記の例文に用いられているような「お酒」は、「酒」という言い方と比較して「物事を美化して述べている」のだと見ることが出来ます。
 この「お酒」のような言い方は、この意味で上で今まで解説してきた狭い意味での敬語とは性質の異なるものです。しかし、「行為者」「向かう先」「相手」などに配慮して述べる時にはこのような言い方が表われやすくなるのも事実です。たとえば「先生は酒を召し上がりますか?」や「先生、酒をお注ぎしましょう」の代わりに、「先生はお酒を召し上がりますか?」や「先生、お酒をお注ぎしましょう」と述べる方が相応しいのは説明するまでもないでしょう。こうした点から、広い意味ではこれらの表現も敬語と位置づけることが出来るわけです。この種の語は一般に「美化語」と呼ばれています。

参考1) 尊敬語・謙譲語の働きに関する留意点

 敬語のうち尊敬語と謙譲語は、上で見てきたようにある人物を「立てて」述べる敬語です。すなわち、尊敬語は「相手側または第3者の行為や物事・状態などについて、その人物を立てて述べる敬語」であり、一方の謙譲語は「相手側または第3者に向かう行為や物事などについて、その向かう先を立てて述べる敬語」です。
 実際の場面で尊敬語や謙譲語を使って人物を「立てて」述べようとする場合に留意すべき主な点は次の通りです。


■ポイント1: 自分側は立てない
■ポイント2: 相手側を立てて述べるのが典型的な使い方
■ポイント3:
  1. 第3者については、その人物や場面などを総合的に判断して、立てる方が相応しい場合は立てる

  2. 自分から見れば立てるのが相応しいように見えても、「相手から見れば立てる対象とは認識されないだろう」と思われる第3者については立てない配慮が必要



□ 各ポイント詳細解説
■1: 自分側は立てない

■解説:  この場合の「自分側」には、自分だけではなく、たとえば自分の家族のように「自分にとって“ウチ”と認識すべき人物」も含めて捉えるものとします。
 すなわち、たとえば他人と話す場合に「父は来週海外へいらっしゃいます」などと述べるのは適切ではないということになります。それは、尊敬語「いらっしゃる」によって自分側の父(ウチ)を立てることになるからです。「明日、父のところに伺います」と述べる場合も、謙譲語の「伺う」が「向かう先」を立てる働きを持つため、やはり自分側の父を立てることになり、これも不適切な使い方であることになります。このように「自分側は立てない」というのが、尊敬語や謙譲語を使う場合の基本的な原則です。なお、自分側のことについて述べる場合は、自分側を立てる結果になるような敬語は使わず、上記の例で言えば、それぞれ「父は来週海外へ行きます」「明日父のところに行きます」のように述べるのが一般的な述べ方です。ただし、自分側のことを述べるために使う相応しい敬語(丁重語)が別にある場合には、これを使うと相手に対する丁重な述べ方になります。上記の例で言えば、「父は来週海外へ参ります」「明日父のところに参ります」がこれに当たる述べ方です。


■2: 相手側を立てて述べるのが典型的な使い方

■解説:  この場合の「相手側」には、相手だけではなく、たとえば相手の家族のように「相手にとって“ウチ”と認識される人物」も含めて捉えるものとします。
 たとえば先生やその家族と話す場合に、「先生は来週海外にいらっしゃるんでしたね」「先生のところに伺いたいのですが」などと述べれば相手側を立てることになり、このような使い方が尊敬語や謙譲語の典型的な使い方であるということです。初めの例は尊敬語によって「行為者」である先生を立てる例、後の例は謙譲語によって「向かう先」である先生を立てる例です。なお、人物や状況によっては相手側を立てずに述べてもよい場合や、立てずに述べる方が親しみを出すことが出来るような場合ももちろんありますが、何れにせよ相手を立てようとする場合の手段として尊敬語や謙譲語があるわけです。このように相手側を立てて述べるのが尊敬語や謙譲語の最も典型的な使い方です。


■3:
  1. 第3者については、その人物や場面などを総合的に判断して、立てる方が相応しい場合は立てる

    ■解説:  たとえば先生やその家族と話すわけではなく友人などと話す場合にも、「先生は来週海外にいらっしゃるんでしたね」「先生のところに伺いたいのですが」などと先生を立てて述べることがあります。この場合の先生は相手側ではなく第3者ですが、その人物や場面などを総合的に判断して、ここでは「立てる方が相応しい」と捉えられているわけです。ポイント3のAはこのような場合を述べたもので、尊敬語や謙譲語はこのように第3者を立てる場合にも使われます。

  2. 自分から見れば立てるのが相応しいように見えても、「相手から見れば立てる対象とは認識されないだろう」と思われる第3者については立てない配慮が必要

    ■解説:  上述の例の友人がたとえば同じ先生の下で一緒に学んだことがある友人ならば、一般に上述の例のように先生を立てた述べ方を聞いても違和感を持たないでしょう。しかし、たとえばその友人の全く知らない人物で自分だけが知っているような人物のことを話題にする場合に、「昨日、高校の時の先輩が遊びにいらっしゃったんですけどね」などとその先輩を立てて述べると、聞いた友人は自分の全く知らない人物を立てられることになり、ある種の違和感を持つ可能性があります。このように自分から見れば立てるのが相応しいように見えても、相手から見れば立てる対象とは認識されないだろうと思われる第3者については、その人物を立てずに、この例で言えば「昨日、高校の時の先輩が遊びに来たんですけどね」などと述べる方が適切だということになります。ポイント3のBはこのことを述べたものです。

    なお、たとえば上司のことを更にその上司に述べる(たとえば課員が課長のことを部長に述べる)ような場合には、次の(1)(2)の2通りの考え方が出来ます。(1)は上記ポイント3のBに従った考え方であり、(2)はこれとはまた別の原理に従った考え方です。

    (1) 部長から見れば課長は立てる対象とは認識されないだろうから、課長を立てずに述べるのがよいとする考え方
    (2) 部長から見れば課長は立てる対象とは認識されないだろうが、課員が課長を立てれば、それによってさらに上の部長を立てることにもなるはずなので課長を立ててよいとする考え方

     このどちらの考え方にも理があると言えます。どちらを採るのがより適切かは、この3者(部長と課長と課員)の間の距離感や状況などによっても変わってくるものと考えられます。こうした点も含めて、ポイント3のBをどこまで適用するかについては個人差もあるようです。

参考2) 敬語との関連で注意すべき助詞の問題

 たとえば「自分が先生の指導を受けた」という内容を「くださる」或は「いただく」を使って述べる場合は次の何れかの形を使います。

先生が(は)私を指導してくださった/御指導くださった。
私が(は)先生に指導していただいた/御指導いただいた。


 ここで「私」を表現しない場合は次のようになります。

先生が(は)指導してくださった/御指導くださった。
先生に指導していただいた/御指導いただいた。
 それぞれ敬語でない形の「くれる」「もらう」に戻して考えれば、助詞が以上のようになるべきことは容易に理解出来るでしょう。


 しかし、これらの内容を述べるのに、次のように述べるのは不適切です。

先生が(は)指導していただいた/御指導いただいた。
 確かに先生が指導するという内容であるため上記のような述べ方をしたくなる心理が働くことは充分に分かりますが、上の文全体の動詞「いただく」は「もらう・受ける」意味ですから、指導を受ける側である私を主語として述べ、先生の後には「に」を付けなければならないことになります。なお、これは私が表現されない場合でもこの事情は変わりません。たとえば「先生が(は)指導していただいた/御指導いただいた」などと述べれば、先生が別の人物(たとえば先生の恩師など)の指導を受けたことになってしまいます。


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気をつけよう!敬語の誤用

 敬語は難しいと言われます。事実、敬語が必要だとは感じているのだけれど、敬語の現実の使用に際しては困難を感じているという人も多くいることしょう。そのことも手伝って、巷では間違った敬語表現が氾濫しています。
 本項では、正しい敬語表現について考えるよすがとして、「尊敬語と謙譲語の混同」や「二重敬語」「バイト敬語」などの問題を取り上げて解説いたしました。
「お」と「ご」に注意しましょう!

 敬語表現として、名詞の前に「お」「ご」「御(おん)」「み」「尊」「貴」「玉」などをつけて一般に敬意を表わしますが、その場合「お」或は「御」を付けて敬語にする場合の「お」と「御」の使い分けは、「お+和語」、「御+漢語」が原則です。分かりやすく言えば、「お」は訓読みの和語(大和言葉)に、「ご」は音読みの漢語につくと覚えておくとよいでしょう。たとえば名前は「お名前」、氏名の場合は「ご氏名」になります。
 ちなみに、「お」「ご」の2つは美化語としても用いられます。また、「み」以降は付けられる名詞が決まっていて、造語力が低いと言えます。


□文例:
「お+和語」の例
お名前、お忙しい(尊敬語)
お手紙(立てるべき人からの手紙の場合は尊敬語、立てるべき人への手紙の場合は謙譲語)
お酒(美化語)
「御+漢語」の例
御住所、御立派」(尊敬語)
御説明(立てるべき人からの説明の場合は尊敬語、立てるべき人への説明の場合は謙譲語)
「御祝儀」(美化語)
※1:  ただし美化語の場合は、「お料理」「お化粧」など漢語の前でも「お」が好まれます。また美化語の場合以外にも、「お加減」「お元気」(何れも尊敬語で「お+漢語」の例)などのように変則的な場合もあるので注意が必要です。
※2:  以上は名詞・形容詞などの例を挙げましたが、動詞の尊敬語の形「お(ご)〜になる」「お(ご)〜なさる」「お(ご)〜くださる」、謙譲語の形「お(ご)〜する」「お(ご)〜申し上げる」、謙譲語兼丁重語の形「お(ご)〜いたす」などを使う場合についても、「お」「御」の使い分けは「お+和語」「御+漢語」が原則です。また何れの場合についても、語によっては「お」「御」の馴染まないものもあるので注意が必要です。


アドバイス:使いすぎに注意
 当たり前の話しですが、「お」や「ご」の使い過ぎは却っておかしくなるので注意が必要です。たとえば「お車にお乗りください」ではなく、「車にお乗りください」と動詞だけに「お」をつける方がすっきりしますし、それだけで敬意は充分伝わります。「ご旅行される」のように、尊敬を表わす「れる」と「ご」の両方をつけるのも使い過ぎの例です。
 また名詞では、たとえ相手のものであっても、「お犬」など動植物や「おバッグ」など外来語が日本語化した名詞に「お」をつけるのは不自然です。当然ながら「おビール」「おコーヒー」などとは言いません。
 なお誤用の例で目立つのが、下でも触れますが、尊敬語の「お〜になる」と謙譲語の「お〜する」の混同です。たとえば「先生、少しお待ちになってください」は相手の行動に対する尊敬語、「私がお待ちしております」は自分の行動をへりくだる謙譲語ですが、両方を混同して「先生、少しお待ちしてください」という人がいます。気をつけましょう。

尊敬語と謙譲語の逆用・混同〜謙譲語を尊敬語と思い込んで使ってしまう〜

 よくある敬語表現の間違いのひとつとして、謙譲語を尊敬語として使っている場合が多くあります。これは相手に対して失礼ですから充分気をつける必要があります。オフィスでも敬語と謙譲語を逆に使っていたり混同していることが多く見受けられますが、特に目上の人に対して謙譲語を使っていないか、ここで普段使っている言葉を思い出して見ましょう。


(誤) どうぞ申し上げて下さい (正) どうぞおっしゃって下さい
(誤) ○○さんはおられますか? (正) ○○さんはいらっしゃいますか?
(誤) ○○さんは参られますか? (正) ○○さんはおいでになりますか?
(誤) 受付で伺って下さい (正) 受付でお聞きになって下さい
(誤) これを拝見して下さい (正) これをご覧下さい
(誤) お食べ下さい (正) お召し上がり下さい
(誤) 課長が申していらっしゃいました (正) 課長がおっしゃった

身内に敬語を使っていませんか?

 皆さんが仕事などをしていて、「○○さんは外出していらっしゃいます」といった言い方をよく耳にすることがあるでしょう。しかし、外の人に対して話す際に身内に敬語を使うのは間違った敬語表現です。
 この問題につては、前項で「尊敬語・謙譲語の働き」に関して取り上げた際にも詳しく解説しましたが、その場その時々の位置関係(上下関係を含む人間関係)を考慮して適切な敬語表現を行なうことが肝要です。何れにせよ、身内や社内の人間について周囲と話をする時には尊敬語を使わぬよう、くれぐれも注意しましょう。


(誤) ○○部長は外出されています (正) 部長の○○は外出しております


<敬語と社内外の人間関係力学図>
敬語と社内外の人間関係力学図

オフィスに氾濫する二重敬語

 たとえば「おっしゃられる」という表現はオフィスなどでもよく耳にしますが、実は間違った表現です。なぜなら、「言う」というひとつの単語に対して「おっしゃる」と「られる」という二つの尊敬語で表現しているからです。「おいでになられる」や「ご覧になられる」も同様に二重敬語なので気をつけましょう。
二重敬語とその適否

 ひとつの語について同じ種類の敬語を二重に使ったものを一般に「二重敬語」と言います。たとえば「お読みになられる」は、「読む」を「お読みになる」と尊敬語にした上で、さらに尊敬語の「〜れる」を加えたもので、二重敬語です。

 なお、二重敬語は一般に適切ではないとされていますが、語によっては習慣として定着しているものもあり、最近では一概に間違いだとは言い切れない面も出て来ました。


習慣として定着している二重敬語の例
お召し上がりになる、お見えになる(尊敬語)
お伺いする、お伺いいたす、お伺い申し上げる(謙譲語)

敬語連結とその適否

 2つ以上の語をそれぞれ敬語にして、これを接続助詞「て」で繋げたものは、厳密には上で言う「二重敬語」ではありません。このようなものをここでは「敬語連結」と呼ぶことにします。たとえば「お読みになっていらっしゃる」は、「読んでいる」の「読む」を「お読みになる」に、「いる」を「いらっしゃる」にして繋げたものです。つまりこれは、「読む」と「いる」という2つの語をそれぞれ別々に敬語(この場合は尊敬語)にして繋げたものなので、「二重敬語」には当たらず、「敬語連結」に当たります。なお、「敬語連結」は、多少の冗長感が生じる場合もありますが、個々の敬語の使い方が適切で、かつ敬語同士の結び付きに意味的な不合理がない限りは基本的に許容されるものです。


許容される敬語連結の例
お読みになっていらっしゃる
(※「読んでいる」の「読む」「いる」をそれぞれ別々に尊敬語にしたもの)
お読みになってくださる
(※「読んでくれる」の「読む」「くれる」をそれぞれ別々に尊敬語にしたもの)
お読みになっていただく
(※「読んでもらう」の「読む」を尊敬語に、「もらう」を謙譲語にしたもの。尊敬語と謙譲語の連結ですが、立てる対象が一致しているので意味的に不合理はなく、許容されます)
御案内してさしあげる
(※「案内してあげる」の「案内する」「あげる」をそれぞれ別々に謙譲語にしたもの)

不適切な敬語連結の例
伺ってくださる・伺っていただく:
※たとえば「先生は私の家に伺ってくださった」「先生に私の家に伺っていただいた」は、先生が私の家を訪ねることを謙譲語「伺う」で述べているために私を立てることになる点が不適切であり、結果として「伺ってくださる」或は「伺っていただく」全体も不適切であるということになります。また、「隣の窓口で伺ってください」のような「伺ってください」も、同様に隣の窓口を立てることになるため不適切です。

※注意1:  ただしこれらは、次のような限られた場合には問題のない使い方となります。
(1)「田中さんが先生のところに伺ってくださいました」「田中さんに先生のところに伺っていただきました」
(2)「鈴木さん、すみませんが、先生のところに伺ってくださいませんか?」
 (1)(2)では、「伺う」が「向かう先」の先生を立て、「くださる」或は「いただく」が田中さんや鈴木さんを立てています。また、先生に比べれば田中さんや鈴木さんはこの文脈では「立てなくても失礼に当たらない人物」(例:(1)(2)の文を述べている人と田中さんや鈴木さんが共に先生の指導を受けた間柄であるなど)と捉えられています。このように、その行為の「向かう先」が立てるべき人物であって、かつ行為者が「向かう先」に比べれば立てなくても失礼に当たらない人物であるという条件を満たす場合に限っては、「伺ってくださる」「伺っていただく」などの形を使うことが可能です。

御案内してくださる・御案内していただく:
※たとえば「先生は私を御案内してくださった」「私は先生に御案内していただいた」は、先生が私を案内することを謙譲語「御案内する」で述べているために私を立てることになる点が不適切であり、結果として「御案内してくださる」或は「御案内していただく」全体も不適切であるということになります。この場合、「して」を削除して「御案内くださる」「御案内いただく」とすれば、「お(ご)〜くださる」「お(ご)〜いただく」という適切な敬語のパターンを満たすため適切な敬語となります。これは「〜ください」の場合についても同様です。

※注意2:   ただしこの場合についても、たとえば次のような限られた場合には問題のない使い方となります(事情は先の「伺ってくださる・伺っていただく」の場合と同様です)。
(1)「田中さんが先生を御案内してくださいました」「田中さんに先生を御案内していただきました」
(2)「鈴木さん、すみませんが、先生を御案内してくださいませんか?」


日本語の乱れの典型? バイト敬語の問題

 ブックオフなどで同じ店員から何度も「いらっしゃいませこんにちは」を聞かされて不快な印象を受けた経験をお持ちの方もいらっしゃることでしょう。いわゆるバイト敬語の多くは敬語はもとより日本語としても不自然なものが多く、典型的な「日本語の乱れ」のひとつとしてマスコミなどでしばしば批判的に取り上げられています。


 バイト敬語(バイト語)とはアルバイト店員が多数を占めるサービス業界での接客時に特徴的な日本語表現で、「場面方言」(※注)のひとつとされます。なお、コンビニエンスストアやファミリーレストラン・ファーストフード店などでまるで専門用語のように使われるので、その用語の略で「ファミコン用語」とも「マニュアル語」とも呼ばれてもいます。

 なおバイト敬語は、正しい敬語を使い慣れない若いアルバイト店員や学生アルバイトが主になって接客する必要のある状況で、取りあえず客を不快にさせない接客をするために便宜的に発生し、不文律的にマニュアル化されてきた特殊な接客用語だと考えられています。そのため、物事を曖昧なままにしておきたいという日本人の感性や日本語の特性も相俟って対象になる事柄を「ぼかす」意識が強く働き、それが不自然な印象を多くの人々に与えるために問題視されている日本語表現であると言えるでしょう。


よく聞かれるバイト敬語の例:
名詞+の+方
名詞/金額+になります
金額+から
お返しになります
よろしかったでしょうか
いらっしゃいませこんにちは
お待ちいただく形になります
お次のお客様
など
以上の幾つかについてはバイト敬語に分類しない見解もあります。


 「バイト敬語」は別名「マニュアル敬語」とも言われますが、このいわゆる「マニュアル」というもの自体が、敬語にまだ習熟していない人、特にその職場に特有の言語場面での敬語にまだ不慣れな人のためにはそれなりに有効なものであることは事実です。従って職場などで用意されるマニュアルは、敬語表現の典型例や型を示すことで、まだ敬語に習熟していない人への手引として有効なものとなり得るという側面は持っています。

 なおここで言うマニュアルとは、職場での言語使用、特に接客の場面での言語使用について具体的な言語表現などを示すもので、新入職員や臨時職員の指導に用いられるものを指しています。また、「バイト敬語」「マニュアル敬語」への批判とは、マニュアルの中での敬語の示し方、更にそのマニュアルに過度なまでに従った敬語使用への批判です。
 確かにそのマニュアルが場面ごとに過度に画一的な敬語使用を示す内容で作られ、実際の接客場面での言葉づかいにゆき過ぎた制約になるのを避けなければならないことは論を俟ちません。大体、いつでも・どんな相手に対しても限られた言語表現だけを画一的に使うことは、相手(たとえば顧客)に却って不快な思いを与えたり、その場にそぐわない過不足のある敬語使用になったりすることにつながりかねません。使い方を習得する場合にも、そこに示された内容を唯一絶対のものとして扱うことを避ける態度が当然ながら必要となります。何れにせよ、マニュアルに掲げたもの以外の言語表現を用いることを許さないような指導や規制、或はいつでも・どんな相手にでもマニュアルに示された言語表現だけで事足れりとするような受け止め方、これらはどちらも「相互尊重」「自己表現」といった上で解説してきた敬語表現の基本的姿勢とは相容れないものだと言わざるを得ません。


※注: 場面方言
 場面方言とはバイト敬語や業界用語のような特徴的な言葉遣い・イントネーションのことで、主に接客や特殊な場面で使用される言葉。若者言葉もこれに当たります。

「〜の方」「〜いただく」の連発は意味が分かりにくくなる

 最後に敬語とは若干違う話になりますが、「〜の方」や「〜いただく」を連発する人も多く見受けられます。これは上で触れた二重敬語やバイト敬語の問題とも深く関係しますが、こういった表現には極力気をつけるようにしましょう。


 お問い合わせの件につきましては、私の方から○○の方に申し伝えますので、○○からの回答の方をお待ち下さい

 お問い合わせいただきましたこの件につきましては、私より○○へ伝えさせていただき、回答させていただきますので、いま暫くお待ちいただけますか?

 シンプルに、「お問い合わせの件につきましては、私より○○に申し伝えますので、○○からの回答をお待ちいただけますか?」で、決して失礼な言い方ではないでしょう。

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まとめとして〜正しい敬語表現のための基本的な考え方〜


 現代における敬語表現とその重要性
 敬語は相手や周囲の人と自分との間の関係を表現するものであり、社会生活の中で人と人がコミュニケーションを円滑に行ない、確かな人間関係を築いてゆくために敬語は不可欠な働きを持っている。
 相手や周囲の人、またその場の状況についての、(「敬い」や「へりくだり」「改まった気持ち」などといった)言葉を用いる人の気持ちを表現する言語表現として、敬語は重要な役割を果たしている。


 敬語は人と人との「相互尊重」の気持ちを基盤とすべきものである。

 上にも述べたように、古代から現代に至る日本語の歴史の中で敬語は一貫して重要な役割を担い続けて来ましたが、敬語の持つ意味は時代によって変わっているのも事実です。敬語が人間の上下関係を表わすことと密接に関連している時代もありましたが、しかし現代社会においては、敬語は、その人を尊重しようという気持ちを表わすこと、その人の立場に配慮すること、そして、その人と親しいか・親しくないかといった親しさの程度を示そうとすることなどの意識に基づいて使われていると言ってよいでしょう。
 「天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず」という福沢諭吉の有名な言葉がありますが、全ての人は基本的に平等な存在です。従って、一方が必要以上に尊大になったり卑下したりすることなく、お互いに尊重し合う気持ちを大事にしなければならないことは論を俟ちません。このような「相互尊重」の気持ちを基本として敬語を使うことが、現在も、また将来においても重要な基本的な姿勢であると言ってよいでしょう。


■ 敬語は相手の「社会的な立場」を尊重して使う

 ここでまず確認しておきたいことは、尊敬の気持ちと敬語との関係です。
 敬語は敬意に基づいて選択される言葉ですが、敬意は必ずしも尊敬の気持ちだけではありません。その人の「社会的な立場を尊重すること」も敬意の表われのひとつだと言ってよいでしょう。たとえば仮に相手が尊敬出来ないと感じられる人であったとしても、その人の立場や存在を認めようとすることはひとつの「敬意」の表現となり得るわけで、その気持ちを敬語で表わすことは可能だからです。それは自分の気持ちを偽っていることには必ずしもなりません。むしろ敬語を使うべき場面で敬語を使わないことは、社会人として相手に礼を失するおそれがあることに留意すべきでしょう。何れにせよ、敬語の役割のひとつには、「社会人としての常識を持っている自分自身を表現する」という側面もあります。その意味で、自分自身の尊厳のためにも敬語は使われるものだということになります。社会人にとって敬語を使うことの意義はそこにも見出すことが出来るでしょう。

 また、今まで「敬語は年長者に対して使うものだ」と言われることが多くありますが、実際には、たとえば取引先など異なる組織にいる相手であれば、敬語は年齢に関わらず使われているものです。また、幾ら若いといっても自分の子供の担任をしている教師であれば、当然ながらその立場に対する配慮が必要となります。敬語は単なる上下関係からでなく、その相手と自分との間の立場や役割から考えて使う場合もあるわけです。この中には、仮に自分が年長であっても相手を立てて使う場合も含まれます。

 なお、敬語と人間関係(社会関係=上下関係)の関連について上で幾つか触れて来ましたが、ここで言う上下関係とは、必ずしも年齢や地位といった社会的な関係に固定されたものではなく、相手が商売上の客であったり見知らぬ人であったりする場合にも使われているもので、それは場面によって、また親しさ=疎遠さによっても変化するものです。


■ 敬語は「自己表現」として使う
  敬語は自らの気持ちに即して主体的に言葉づかいを選ぶ「自己表現」として使用すべきものである。
 「自己表現」として敬語を使用する場合でも、敬語の明らかな誤用や過不足は避けることを心懸ける。

 敬語は過剰でなく“適度に”使う

 敬語をたくさん使って丁寧な言葉遣いをしているのに、どうも失礼に感じられるという人がよくいるものです。また、慇懃無礼と言われるように、言葉は丁寧であるにも拘わらず態度は無礼であるということがよくあります。このことから分かるように、敬語をたくさん使えば丁寧になるというわけではありません。敬語を使う際に相手に対する配慮の意識がなく、むしろ見下しているような気持ちがあるとすれば、幾ら敬語を使っていても失礼に感じられてしまうものです。また、表現している内容自体が敬語を使うことに合わないような場合もあるでしょう。何れにせよ失礼な内容については、敬語を使ったからといってその失礼さが消えるわけではないのです。

 ただし、「敬語をたくさん使っているから変だ」などと決めつけることは出来ません。本当に丁寧な言葉づかいをする人は、そうではない人から見れば過剰に敬語を使っているように見えてしまうこともあるでしょう。自分の基準だけで、相手や第3者の言葉づかいが丁寧過ぎる、或は逆に失礼だなどということは決めつけられるものではありません。自分の基準だけが正しいと思い込んで、それを他人に押し付けるようなことは厳に慎むべきでしょう。


 敬語は自分の気持ちに相応しいものを選んで使う

 大きな会社なのに「小社」と言ったり、優秀な子供なのにわざと「愚息」と書いたり、自信を持って書いた原稿まで「拙稿」と表すことなどは、何か卑屈な言い方に感じてしまう、という人も最近では増えて来たようです。

 敬語を使うことによって、相手に関わるものは大きく・高く・立派で・美しいと表わし(例:御高配、御尊父、玉稿など)、反対に自分に関わるものは小さく・低く・粗末だと表わすことが出来ます(例:小社・愚見・拙稿など)。確かにこういった敬意表現は欧米では考えられない表現法かも知れません。しかしながら、それはあくまでも言葉(日本語)としての約束事を表わそうとするものであって、必ずしも実際にそのように認識しているというわけではないのです。何れにせよ、このような言い方は伝統的になされているもので、卑屈な言い方というよりは、「自分に関わるものを小さく表わすことによって相手に対する配慮を示す」という意識で使われているものだと考えることが出来ます。従って、このような表現の形が「自己表現」として自分の気持ちに合っていると思う場合には使えばよいので、そうでなければ使わなければよいのです。
 なお、このような敬語の他にも、自信を持って作った料理でも、「お口に合うかどうか分かりませんが、どうぞ……」といった表現などがあります。これも「おいしくないのに薦める」ということではなく、「自分の判断を押しつけない」という意味で相手に対する配慮を示したものだと考えることも可能です。もちろん「今日はおいしく出来たと思いますので、召し上がってみて下さい」というように、自分の判断を率直に表わすことで相手に対する配慮を示すことも可能です。



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